社交不安障害(社会不安障害)
社交不安障害(社会不安障害)の診断(DSM-5)
社交不安障害(SAD;Social Anxiety Disorder)とは、他者から注目されるかもしれない社交場面に関する顕著で強烈な恐怖、または不安があるためにその状況を避ける(あるいは強い苦痛を感じながらも無理に耐える)のが特徴です。その結果、社会機能、対人関係が著しく障害されます。典型的には6か月以上持続します。
社交不安障害の方が苦手な場面の例:
- 人前で話をする
- 他人と会話する
- 目上のひとと話す
- 人前での食事
- 人前で字を書く
- パーティへの参加
- デートにいくこと
社交不安障害(社会不安障害)の症状
苦手な状況で振舞うとき、または不安な症状をみせるとき、「恥ずかしい思いをするんじゃないか。」「拒絶されるのではないか」などと否定的な評価を受けることに対する恐れを感じ、動悸、発汗、ふるえ、腹部不快感、下痢、嘔気、筋緊張、めまい、赤面、混乱、窒息感などの身体症状(不安反応)に加え、時にはパニック発作を認めます。そして「もしあの状況が起こったらどうしよう。」などと恐れ(予期不安)、強い苦痛を感じ、その状況を避ける(回避)するようになります。学業・仕事への影響が大きく、教育年数や収入が減る結果となり、人間関係も制限されるため、独身、別居、離婚が多いとの報告があります。
社交不安障害(社会不安障害)の疫学
社交不安障害(社会不安障害)の75%は8〜15歳に発症します。発症前に、トラウマ的な恥ずかしい体験をしている場合もあれば、契機がはっきりしない場合もあります。治療を開始すると約半数の方が2〜3年以内に寛解状態(症状がなくなった状態)になる一方で、未治療の場合には約6割の方が数年以上とより長期化してしまいます。発症年齢が早いと治療経過が悪い(治りにくい)ことがわかっています。女性は男性より2倍程度発症しやすいことがわかっています。日本は欧米と比べると、社交を求められにくい文化あることもあり、12か月有病率は1%程度です(米国は約7%)。
社交不安障害(社会不安障害)の原因
- 社交不安障害を持つ方の第一度親族は、社交不安障害を持つ割合が2〜6倍高いと言われており、社交不安障害(社交不安障害)の原因は、遺伝要因と環境要因の両方があると言われています。社交不安障害になりやすい気質として、「行動抑制」的であることが言われていますが、この気質は遺伝的影響が大きいことに加え、両親による社交不安をモデル学習するなど、遺伝-環境の相互作用を受けるとされています。
- 小児期の虐待と困難は、社交不安症の発症の危険因子であると考えられています。
単なる内気?それとも社交不安障害(社会不安障害)?
内気(社会的に控えであること)であることは病気でなく、特に日本文化では肯定的に評価されることがあります。実際、大多数の内気の方は社交不安障害(社会不安障害)ではありません。しかし、社会的、職業的に著しい障害を認める場合には、社交不安障害(社会不安障害)の診断が考慮されるべきとされており、その割合は「自分は内気だ」と考えている人のうち、10人に1人程度です。
不安は悪いこと?
社交不安障害(社会不安障害)の人は、不安がコントロールできないほど増幅されることを考え、小さな不安も恐るようになりがちです。もちろん過度な不安は作業効率を低下させますが、適度な不安は作業効率を向上させることがわかっています。自分なりのリラクゼーション法などを習得して、日常業務を行う際に、ほどよく平静を保つことを目標にするとよいでしょう。
社交不安障害(社会不安障害)と合併しやすい病気は?
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回避性パーソナリティ障害(回避性人格障害)
回避性パーソナリティ障害(回避性人格障害)とは、社会的抑制、不全感、および否定的評価に対する過敏性の広範な様式で、成人期早期までに始まります。典型的な症状としては、「好かれていると確信がもてなければ、人と関係をもちたがらない」「批判、非難、または拒絶にたいする恐怖のために重要な対人接触のある職業的活動を避ける」などを感じ、「個人的無力感」「劣等感」を持っています。社交不安障害(社会不安障害)と回避性パーソナリティ障害(回避性人格障害)は同じスペクトラム(連続)上にあると言われいます。
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他の不安障害・うつ病
社交不安障害(社会不安障害)の方は、広場恐怖、パニック障害、全般性不安障害、強迫性障害などの他の不安障害、大うつ病性障害、気分変調症などの気分障害の割合が、3〜10倍高いことがわかっています。
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アルコール(薬物)乱用
社会不安障害の方が、アルコール依存症と診断される割合は2〜4倍高いことがわかっています。強い不安や緊張の逃避先となりやすいからと考えられます。アルコール乱用は特に女性にリスクが高いとされています。
社交不安障害(社会不安障害)とコロナ
新型コロナウイルス(Covid-19)の流行により、テレワークが推進され、Zoom等のツールを利用したオンライン授業(会議)が一気に普及しました。これらの変化は、苦手な社交場面を避けつつ、学業や、仕事に取り組めるという点で、社交不安障害(社会不安障害)の方にとって概ね良い変化と言えるでしょう。今後は、テレワークができる企業が増えていくでしょうし、通信制の高校や大学もより一般的となっていくでしょう。しかし、Zoom等のツールは、常に見られているという状況であるため、不安や緊張を持続的に感じる人もいます。また、普段、社交場面に暴露する機会が減っていると、久しぶりに出社(登校)する時に、一段と強い不安や恐怖を感じますから、肝心なときに出社拒否(登校拒否)となってしまう場合があるかもしれません。
社交不安障害(社会不安障害)の治療
(※全ての治療が当院で実施できるわけではありません。まずは受診の上ご相談ください。)
生活指導
まず、睡眠時間を確保し睡眠の質を上げること、カフェイン、アルコール、ニコチンの摂取を避けること、運動習慣をつけることなどを推奨します。
行動療法(暴露療法)
恐怖を感じる社会状況に対して、実体験として段階的に暴露するという方法です。不安を惹起するような状況に留まれば不安の程度はやがては減少していくということを学びます。暴露する状況としては、「誰が(誰と)、何を、いつ、どこで、どれだけの時間」行うか、比較的抵抗の少ない目標設定から段階的に始めます。そのとき例えば「立派な演説をする」といった目標ではなく、「3分間スピーチをする」というふうに、やり方よりも行動内容に焦点をあてることが大切です。この治療は恐怖を感じる状況での不安の身体的症状を減少させ、治療の標的となった状況への回避を減少させることが示され有効性が確認されてきました。しかし、暴露療法のみでは悪化を示す場合もあり、専門家の指導が必要です。
認知療法
社交不安障害(社会不安障害)の不安は、否定的な評価をされることに対する恐怖によって引き起こされますが、その背景にあるのは他者の意見に対する過度の関心です。人間は特定の状況について特定の思考パターン(解釈)を発展させる傾向にあります。役に立たない非現実的な思考パターンを持っている(自動思考)ことに気づき、その状況においてもっと有用な「役に立つ」考え方を探し出す(認知再構成)という治療です。
認知の歪みの例:
- 全か無かという考え
- 過剰な一般化
- 心のフィルター(マイナス面に焦点をあてる)
- プラス面を否定する
- 結論への飛躍
- 読心術
- 破局化
- 情緒的推論
- すべき思考
- 自己関係づけ
呼吸コントロール法
①中等量の息を吸って、息を止めて、6秒数えます。
②6秒たったら、ゆっくり息を吐き出します。その時緊張も吐き出すようにしましょう。
③次に3秒吸って、3秒吐くサイクルの呼吸を意識して1分間繰り返しましょう。(呼気はもう少し長くても可)
④1分経ったら、再び6秒息をとめましょう。
漸進的筋弛緩法
米国の医師のEdmund Jacobsonによって開発されたリラクゼーション法です。筋肉は緊張させてから力を抜くことで脱力しやすくなるためこれを利用し、特定の筋肉を意図的に強く緊張させ、その後一気に力を抜いて筋肉が緩む感覚を味わうことで、緊張状態からリラックスさせる方法を体感的に習得する方法です。
①リラックスできる環境を準備します。部屋の明かりは薄暗くし、アロマやヒーリングミュージックなどをかけてもよいかもしれません。寝転んでも、椅子に座っても構いません。
②まずは腹式呼吸で呼吸を行いましょう。おへその下あたりに手をあて、息をゆっくり吐き切り、その後お腹を膨らますように鼻から息を吸いこみます。これを数回繰り返します。
③片手から漸進的筋弛緩法をはじめます。親指を中にいれてこぶしを握ります。この時も呼吸を意識してください。息を吸いながら力を入れ、吐くときに力を抜きましょう。力を抜くときに、筋肉が緩んで緊張がほどけていく感覚をゆっくりと感じてください。これを数回繰り返します。
⑤手が終わったら、腕(力コブを作る)、肩(肩をすぼめる)、背中(肩甲骨をよせる)、首(左右にひねる)、顔(全体をすぼめる)、お腹(手を当てて押し返す)、太もも(足を延ばす)、足(そらす)とすすめていきます。
⑥最後に全身をチェックして、緊張が残っていないかを確認します
社交不安障害(社会不安障害)の薬の種類
- 薬物治療の第一選択はSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ薬として使われる薬です。SSRIは即効性に欠け、有効用量を飲み始めてから効果が出てくるまでに最短でも2週間から3週間、最長で8週間を要します。それを聞くと即効性のある抗不安薬の方が優れているようにおもわれるかもしれませんが、SSRIは効き始めると十分に効果が持続し、依存性も低いため第一選択として推奨されています。少なくとも1年間かそれ以上は治療を継続すべきだとされています。SSRIの副作用として最も多いのは吐き気、下痢などの消化器症状になります。
- SSRIが無効である場合に、増強療法として、ベンゾジアゼピン系抗不安薬や、クロナゼパム(商品名ランドセン)を用いることがあります。
- β阻害薬(ベータブロッカー)は、通常は降圧薬などで用いられる循環器系の薬ですが、ふるえ、発汗、赤面、口の乾き、動悸のような交感神経の過活動による身体症状の緩和に効果があります。社会不安が特定の場面に限局している方に有効と言われています。副作用として、低血圧、徐脈、抑うつ、不眠、気管支収縮などを認める場合があります。
社交不安障害(社会不安障害)でよく用いられるSSRI
フルボキサミン(商品名ルボックス、デプロメール)
日本で初めて上市されたSSRIであり、社会不安障害の治療のみならず、うつ病、強迫性障害の治療によく用いられます。SSRIとしては用量調節の幅が広く、マイルドに効く印象で単剤では副作用が少ないです。一方、多剤の併用時には薬物相互作用には一定の注意が必要であり、当院で使用する場合は、当院と連携の薬局で、ダブルチェックを行っております。
パロキセチン(商品名パキシル)
新規抗うつ薬の中では副作用も比較的強いですが、最強のSSRIとして知られ効果がもっとも強い部類の薬です。うつ病、うつ状態の他、パニック障害、強迫性障害、社会不安障害、外傷後ストレス障害などに広く用いられます。副作用は、吐き気、眠気、口の乾き、めまい、便秘などがあります。(他の SSRIでも起こりうることですが)、急に中断するとめまい、知覚障害、睡眠障害、不安、焦燥感、震え、発汗、頭痛、下痢などの離脱症状が出現することがあり、減薬は段階的にゆっくりと行います。
社交不安障害(社会不安障害)でよく用いられるβ阻害薬
プロプラノロール(商品名インデラル)
ふるえ、発汗、赤面、口の乾き、動悸のような交感神経の過活動による身体症状の緩和に効果があります。社会不安が特定の場面に限局している方に有効で10mg程度用いることが多いです。副作用として、低血圧、徐脈、抑うつ、不眠、気管支収縮などを認める場合があります。