心的外傷後ストレス障害(PTSD)
心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは
心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは、神経症性障害の一つで、自ら生死に関わる事件に遭遇したり、他人の死を目撃した体験など、非日常的なストレスに曝されるといった外傷体験(トラウマ)に続発して起こります。通常は数週間から6か月以内の潜伏期間を経て症状が発現します。大規模災害などでの平均的なPTSDの発症率は約10%と考えられており、男女比は1:2程度で女性のほうが多いことが知られています。PTSDの原因となる体験は、地震、洪水、火事といった災害、命にかかわる病気の宣告、交通事故、戦争、テロ、さらに監禁、虐待(DV)、性的暴行など多岐にわたります。また、直接的に体験していなくても、その被害をマス・メディアや当事者を通じて追体験することで発症することがあります。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の原因は
著しく非日常的なストレス体験をきっかけに、ストレスホルモンとして知られる副腎皮質ホルモン(コルチゾール)が過剰分泌されることが原因となり起こると考えられていますが、一致した結論は得られていません。副腎皮質ホルモン(コルチゾール)は転写因子として多くの遺伝子発現を変化させ、脳内の多様な遺伝子の発現を変化させている可能性が指摘されています。脳の画像検査からも、海馬の萎縮が報告されており、海馬、前頭前野の機能の低下、偏桃体の機能の活性化が関連していると考えられています。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状は
PTSDの主たる症状は下記のようなものです。
- 「再体験」
とくに意識をしていない状況でも、外傷体験に関する不快で苦痛な記憶が思い出されたり(侵入)、夢に何度も出てきたり、あたかも目の前に繰り返されるかのような解離的反応(フラッシュバック)をおこします。
- 「回避」
外傷体験や、それに付随した不快な記憶や考え、感情と向き合うことができず、外傷体験を思い出させるような場所や人物などを避けるようになります。その結果引きこもりになることもあります。
- 「認知・感情のネガティブな変化」
外傷体験の出来事について思い出せない(解離症状)、自分や周囲の人に対しての信頼や期待がもてない、外傷体験に関して自分や他人を執拗に非難する、恐怖・罪悪感・怒りが持続する、興味や関心の減退する、感情が麻痺する(精神麻痺)
- 「過覚醒や反応性の変化」
不眠、イライラした態度、激しい怒り、向こう見ずな自己破壊的行動、集中困難、過度な警戒心、ビクビクする(驚愕反応)、過呼吸
症状は心的外傷後数週間〜6か月の潜伏期間を経て発症します。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準(DSM-5)は
DSM-5では、上記の3項目の症状が1か月以上持続することが必要です。発端となった外傷体験の内容としては、「危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事に、直接暴露される、あるいは他者や近親者がこのようなできごとに暴露されたのを見聞きする」と明示されているのが特徴です。
児童(子ども)のPTSDの症状は
児童(子ども)のPTSDの場合、遊びの中で外傷体験が再現されることがあります。また悪夢の内容が必ずしも外傷体験に関連する内容でないことも多いとされています。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の合併症
・うつ病
約半数の方がうつ病を合併します。
・物質依存
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の方は、不眠や不安神経症、イライラへの対処法として、アルコールや薬物の依存(物質依存)を生じる頻度が非常に高いことがわかっており、合併率は3〜5割とされています。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の看護(接し方)
心理的応急処置(PFA;Psychological First Aid)という方法が提唱されています。
- プライバシーを守る
- 本人の話を支持的に(否定せず)傾聴し、無理に聞き出さない
- 患者さんの行動や気持ちを決めつけない
- 指示的な対応を控え、患者さんが自分自身で問題を解決できるように接する
- 正直で信頼できる支援者となる
- 助けを求めていない人に支援を押し売りしない(今後も支援を受けられることを示す)
- 敬意をもった安心できる方法で支援を終わらせる
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療
環境調整
ストレス改善のために環境を調整します。基本的な生活が破綻している場合が多いので基本的な生活に戻るための方法を一緒に考えたり、困った症状や生活に対処する方法を考えます。
支持的精神療法
ストレス源から距離を取るように促したうえで、患者さんの話を否定せず傾聴し、情緒的サポートを行います。患者さんの不安を減らすように努め、安全、安心感を確保し、世界や人生に対する信頼感を回復するように促します。
薬物治療
SSRIという種類の抗うつ薬が有効性の高さと、副作用の少なさから第一選択になっています。日本ではパロキセチン、セルトラリンが保険適用を取得しています。三環系抗うつ薬のなかでは、イミプラミンと、アミトリプチンの有効性が示されているほか、カルバマゼピン、バルプロ酸などの抗てんかん薬の有効性も報告されています。対照的に抗不安薬を用いる場合がありますが、依存性、耐性(連続使用で効果が減じる)の観点から、長期使用は推奨されていません。
SSRIとはどのような薬??
SSRIとは選択的セロトニン再取り込み阻害薬のことで、脳内の細胞外セロトニン濃度を上昇させることで、抗うつ作用を示すとされています。SSRIの開発は、その副作用の少なさから、うつ病の薬物療法に多大な影響を与えました。SSRIは抗うつ作用のみならず、抗不安作用も有していることから、強迫性障害、全般性不安障害、社会不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などにも使用されるようになりました。わが国で使用されているSSRIを紹介します。
エスシタロプラム(商品名レクサプロ)
SSRIの中では薬物相互作用が少ないとされ、うつ病、うつ状態に対して適応となっています。副作用が少なく、用法も1日1回とSSRIの中ではシンプルであるため飲み忘れにくく、用量調節もしやすいことから非常によく用いられています。主な副作用は、吐き気、眠気、頭痛、口の乾き、めまい、倦怠感、下痢、QT延長(心電図異常)です。
セルトラリン(商品名ジェイゾロフト)
この薬も薬物相互作用が少ないとされており、用法も1日1回であることからよく用いられています。日本ではうつ病、うつ状態の他、パニック障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に適応があり、海外では強迫性障害、月経前気分障害の治療薬としても使用されています。主な副作用は、吐き気、眠気、口の乾き、頭痛、下痢、めまいがあります。
フルボキサミン(商品名ルボックス、デプロメール)
日本で初めて上市されたSSRIであり、抗うつ薬として使用されるのみならず、強迫性障害や社会不安障害の治療によく用いられます。SSRIとしては用量調節の幅が広く、マイルドに効く印象で単剤では副作用が少ないです。一方、肝臓のチトクロームP450(CYP450)という酵素に対して阻害作用を有する事から、他の薬の血中濃度を上げる事があり、多剤の併用時には薬物相互作用には一定の注意が必要です。
パロキセチン(商品名パキシル)
新規抗うつ薬の中では副作用も比較的強いですが、最強のSSRIとして知られ効果がもっとも強い部類の薬です。うつ病、うつ状態の他、パニック障害、強迫性障害、社会不安障害、心的外傷後ストレス障害などに広く用いられます。副作用は、吐き気、眠気、口の乾き、めまい、便秘などがあります。(他の SSRIでも起こりうることですが)、急に中断するとめまい、知覚障害、睡眠障害、不安、焦燥感、震え、発汗、頭痛、下痢などの離脱症状が出現することがあり、減薬は段階的にゆっくりと行います。
暴露療法
認知行動療法のひとつです。回避しがちな外傷体験を思いださせる場所、人物に少しずつ暴露し、慣れていく治療法です。
プレイセラピー
子どもの場合、体験したことが遊びの中に再現されることがあります。遊びを通して不安や恐怖などの感情を表現することで、それらを克服し、続発する精神医学的な問題が起こることを一定程度予防することができると考えられています。但し、もし、遊ぶことによって不安がますます高まって止められないようなら、ハッピーエンド(最終的には助かってよかったなど)になるような手助けをして上手に止めてあげるのがよいとされています。
眼球運動脱感作および再処理法(EMDR)
EMDRはeye movement desensitization and reprocessingの略称で、治療者の指の動きを目で追いながら外傷体験を想起させる方法で、PTSDに有効であるという報告もあります。当院では実施できません。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)で気を付けるべき生活の工夫とは
- カフェインの摂取を控えましょう。
- 激しい運動や、騒音のある環境など、交感神経系を賦活させる状況を避けましょう。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の経過
PTSDの治療を受けた患者さんの寛解までの期間は3年程度、治療を受けなかった患者さんの寛解までの期間は5年程度であると報告されています。一般的にPTSDの方の3人に1人は慢性化する傾向にあります。